地域にひらかれたものづくりの場からまちづくりへ ——「梅森プラットフォーム」のこれまでとこれから

2020.04.01 / REPORT

京浜急行電鉄株式会社(以下、京急)と株式会社@カマタが京急線大森町・梅屋敷駅間の高架下で進めているクリエイターと町工場の拠点づくりを目的としたものづくり複合施設「梅森プラットフォーム」が2019年4月1日に開業した。入居テナントのひとつであるインキュベーションスペース「KOCA(コーカ)」を運営し、「梅森プラットフォーム」のディレクションに関わってきた株式会社@カマタ代表取締役の茨田禎之と、京急で高架下の開発事業を担当する百々海仁による、開発の経緯から今後の展望までの対談をお届けします。

左:百々海仁氏、右:茨田禎之氏

高架下に生まれた「ものづくり複合施設」

——まずは「梅森プラットフォーム」の開発の経緯からお聞かせください。

百々海仁:京急では、京急蒲田駅付近連続立体交差事業をきっかけに高架下の開発に着手しています。主に沿線の地域住民の方の利便性に寄与するような施設を、駅前を中心に開発していこうと考えて進めてきました。京急蒲田、糀谷および雑色の3駅から重点的に駅前開発を進めていて、その次に続く開発事業として大森町・梅屋敷駅間の高架下開発事業に着手しました。この大森町・梅屋敷駅間を「梅森プラットフォーム」と呼んでいます。

もともとの計画では「梅森プラットフォーム」というものづくり複合施設は含まれておらず、駅前開発から先行的に着手し、残りの駅間に該当するエリアは駐車場になる予定でした。駅前の高架下には利便性を考えて飲食店やコンビニなどを誘致しますが、人が集まりにくい駅間の高架下は、収益性を考慮して駐車場となることが多いのです。当時私は別の部署に所属していたのですが、駅間の高架下については、「たぶん駐車場になるんだろうなぁ」と思っていたところ、茨田さんや地元のクリエーターの方々と協力してものづくり複合施設にするという話になっていて、とても驚きました。

「梅森プラットフォーム」の開業リリースを見ると、町工場とクリエーターを誘致して新しいものづくりのプラットフォームをつくる、と書いてありました。まさか京急が駅間にこのような施設をつくるとは思わなかったので、ずいぶん思い切った開発だなという思いと同時に、これは賃貸事業の枠を超えた前例のない高架下開発になるなと感じました。

——茨田さんはじめ、@カマタがこのプロジェクトに関わるようになったきっかけを教えてください

茨田禎之: 私個人は不動産事業者としてこれまで蒲田・梅屋敷エリアで不動産活用をしてきました。所有する個別の不動産を、街に開かれたかたちで活用するなかで個性豊かな入居者たちと出会い、オーナーとしての枠を超えながら一緒にさまざまなプロジェクトに取り組んできました。そのなかで自然とできあがっていったのが@カマタというコミュニティです。

今回、梅屋敷・大森町間が新たに開発されるにあたり、@カマタではまさに駐車場になってしまうのは寂しいなという話をしていました。高架下に新しく生まれる場所なので、その場所を街にとって意味のあるものにしないと、このエリアの将来が不安だと思いました。そこでダメ元で京急さんに提案に行ったのがきっかけでした。この地域の課題解決をまとめて製本した本を持って行ったのですが、それがめぐりめぐって高架下開発の部署にわたり、逆に担当者の方が訪ねてきてくださって、勉強会がはじまりました。

個人が所有する不動産を連続的に活用して街に還元していく。これもひとつの方法ですが、広がりという面ではやはり限界があります。そこで鉄道の高架下という公共性の高い連続的な場所を効果的に活用することは大きな飛躍になるし、ぜひご一緒をしたいという気持ちでした。京急さんはよくわれわれのような小さな集団に声をかけてくれたなと思います。仕事をいただくからには、こちらも責任を持って長期的に計画にかかわりたい。その証として、リスクを取って自分たちも入居をする選択しました。決意というか覚悟というか、それは絶対に必要なことだと思っていました。

数字では測れない沿線価値向上を目指して

——通常では駐車場になるような場所をものづくり複合施設として開発したわけですが、そのことについいて京急としてはどのように評価していましたか?

百々海:高架下に建物を建設してテナントを誘致するという一連の開発行為の流れのなかで、どうしても投資回収という言葉はつきまといます。民間企業が行う開発である以上は、企業が定める投資基準をクリアしなければなりませんが、「梅森プラットフォーム」はほかの高架下開発案件と比較して、それほど利回りがよいわけではありません。そこは課題ではある一方で、今後は経済合理性だけでは測れない価値についても考えていかなければならないと思います。

例えばこの施設から地域の魅力を発信できたり、新しい人との交流やつながりが生みだされたりすることは、通常の賃貸事業ではなかなか達成できません。そうした意味でも、新しいネットワークづくりやまちづくりにたいして、少し大げさかもしれませんが口火を切れたのではないかと思っています。

社内でも「梅森プラットフォーム」は、地元の町工場とクリエイターを誘致する新しい取り組みであることから注目を浴び、評価されている事例となっています。収益のみを優先するのであれば、駐車場や一般的な賃貸物件になっていたかもしれませんが、それでは中長期的な地域の価値向上にはつながりません。地域の価値を高めるためには、自ら積極的にさまざまなアプローチや新しい手法を模索していかなければ、成功はないという認識を改めて感じさせられたとてもよい取り組み事例になっていると実感しています。

茨田:おっしゃるとおりで、長期的な沿線価値にいかに寄与できるかが問われていると思います。投資基準には投資額と同時に設定された期間がありますが、できるだけプロジェクト単体の短期的な収支にとらわれずに、長期的な視野をもつことが重要です。特に鉄道事業や不動産事業のような業種は、効果がおよぶ範囲を広くかつ長期に見ていかないと、たぶんこれからの時代は厳しくなっていくのではないかと感じています。

京急さんは本来鉄道事業が主体であって、開発はそこに付随しながらも密接に関わるものという位置づけですよね。だから沿線価値を長期的かつ全体的に捉えることが京急さんにとっても恩恵があるはずだと、@カマタのメンバーは全員そう信じています。1年経ってまだまだまだこれからではありますが、確信をもって長期的な沿線価値には寄与できるだろうと手応えを感じています。

百々海:京急としても一大プロジェクトとなる連続立体交差事業でしたので、事業に思い入れのある社員が多く集まっていました。対外的には公表していませんが、連続立体交差事業の終盤となる2012年頃から、どうすれば新しく創出される高架下空間を有効活用でき、地域にも還元できるのかについて、社内で高架下検討委員会を発足し、連日打合せを重ねていました。踏切が解消されて街に連続性が生まれ、安全性が高まるのは当然ですが、そこから先に何をすればいいのかについても鉄道事業者として明確なビジョンを持つ必要がある、という意識はそこで共有されていたのです。

連続立体交差事業は、沿線自治体や地権者の協力がなければ実現しえない都市計画事業です。現在に至るには長い時間をかけて土地を譲っていただき、事業用地を確保してきた過去があります。その結晶が今の高架化につながっているので、そういった思いを背負いながら仕事をしていく以上は、単純に利益の数字だけを重要視するのではなく、地域の方に開かれ、地域の活性化に寄与する場を創出していくことが、われわれ鉄道事業者の使命でもあります。そのビジョンを@カマタさんと共有できたことがとてもよかったと思っています。

クリエーターと町工場がコラボレーションする風景へ

——ものづくり拠点としてクリエーターと町工場のコラボレーションを起こしていくことが目指されたわけですが、一年経ったところで率直な感想を聞かせてください。

茨田:このプロジェクトの面白いところであり難しいところは、ものづくりが変わっていく過程を見せていく必要があることです。地域の町工場とクリエーターが一緒になることで、多くの人を巻き込んで制作のプロセス自体が変わっていく。その現象そのものをあつかうことが難しさであり、可能性でもあると思っています。実際に、少しずつ面白い状況が起こりはじめています。集まってきたメンバー同士が勝手にいろんなことをはじめていたり、想定していなかった人が参加したり、意外な人がこの場所を面白がってくれたり。

当初、計画しきれなかった状況をうまく利用していくことが、今後は大切ではないかと思います。計画できない余白に対して生まれる現象をうまく育てていくような、やわらかい計画として捉えていけると、豊かに深みをもって地域に馴染んでいくでしょう。まだわかりやすい形にはなっていませんが、小さな芽がたくさん芽吹いている春のような感じがします。

百々海:まずは「梅森プラットフォーム」に入居する方々にうまく連携していただくことが、短期的な数字よりも大切なのではないかと私は考えています。地域にひらかれた場所ができることで、そこにいろいろな人が訪れることができる。クリエイターと町工場や地域の方々が大勢集まってワークショップが開かれている光景は、ひとつの成果と呼んでいいのではないかと思います。

よく企業は稼ぐ数字が大事と言いますが、企業だけが儲かる一方で、周囲が廃れてしまっては、それは開発行為とは言えません。まずは地元の方と一緒に地域を盛り上げていくことが大切で、盛り上げたからこそ企業にもお金が返ってくる。人が集まって新しい交流が生み出されることが開発の本質だと思います。こうした試みは一早く数字や成果を求める企業においては理解されがたいかもしれませんが、中長期的には必ず評価されると信じています。

5年10年後に向けて

——これから2期・3期とプロジェクトはつづいていきますが、今後の展望をうかがえますか。

百々海:第1期の開発は前例のないプロジェクトであり、初動はすごく大変だったと思います。基本的にはその流れを絶やさないよう、より加速させて2期・3期も進めていきたいです。2期では建築的なハード面は変わらないのですが、ソフト面でより地域のもづくりに関わる方や工場を盛り上げられるようなイベントなどを企画していきたいですね。今後は@カマタさんとの交流の機会も増やしながら、共同事業者として最後となる3期の開発にもつなげていきたいです。さらに3期が終わった後も、5年10年先のところまで一緒に考えていけたらいいなと思っています。

茨田:そうですね。5年10年先まで考えないとこの連立事業の成果は見えてこないですし、そこで初めて現象としても現われてくるだろうと思います。この連続したエリアの開発によって何をどこまで変えられるのか。京急沿線の高架下だけにとどまらず、そこに関わる地域にどのような効果が及んでいくのか、純粋に楽しみでもあります。

百々海:京急としては「梅森プラットフォーム」の開発が終わっても、@カマタさんとの関係は継続していきたいと考えています。一緒に建物を建てたり定例会議に参加したりという機会はなくなってしまうとは思いますが、「梅森プラットフォーム」の可能性を考える勉強会のようなことは続けていきたいですね。共同でこの場所を運営していくうえでは、イベントなどでも盛り上げていきたいですし、ものづくりの人材育成につながるような施策も、引き続き実施していきたいと思っています。

——おそらくこのwebサイトがこれから「梅森プラットフォーム」で起こっていくことを記録し、可視化していく媒体になっていくと思います。
本日はありがとうございました。

[聞き手・構成・写真=和田隆介]

百々海仁(京浜急行電鉄株式会社 生活事業創造本部 リテール事業部 課長補佐)
1987年品川区生まれ。大学卒業後、京浜急行電鉄に入社。初期配属は管財部用地課で、連続立体交差事業の用地取得に従事。2014年、生活事業創造本部リテール事業部に異動し、駅前や高架下の商業開発に従事。2017年、総務部統括課に異動し、株主総会業務に従事。2019年9月に生活事業創造本部リテール事業部に再配属となり、現在に至る。

茨田禎之(株式会社アットカマタ 代表取締役社長、有限会社仙六屋代表取締役)
1972年大田区生まれ。海苔養殖業廃業後、不動産賃貸業(大家業)を家業とする。不動産事業プロセスをエリア開発/事業開発へと活用する「マイクロデベロップメント」を展開。株式会社アットカマタ共同代表/有限会社仙六屋代表取締役